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広島大学教育学部卒業。 読書・昼寝・ゲーム・カードゲームなどを趣味とする。 RIP SLYMEが好き。宮部みゆき・東野圭吾・星新一・夏目漱石・小川洋子が好き。 最近数学・宇宙論・翻訳などに興味がある。 アニメ・声優オタ

2011年5月19日木曜日

『翻訳夜話』

村上春樹・柴田元幸(2000) 『翻訳夜話』 文春新書



0. はじめに
本書は、翻訳セミナーにおける二人(村上・柴田)のやり取り、また、そのセミナーの参加者との質疑応答を文字に起こしたものである。セミナーは3回、大学生対象・翻訳家志望者対象・現職翻訳家対象で行われている。現職翻訳家対象のセミナーにおいては、レイモンド・カーヴァーのcollectors、ポール・オースターのAuggie Wren's Christmas Storyを、村上訳・柴田訳で提示し、翻訳に関しての具体的な話を展開している。各セミナーを通して、似たような内容が述べられている面もあるため、本まとめにおいてはセミナー別ではなく、内容別にまとめていく。なお、本まとめにおける「二人」という表現は、「村上・柴田」を示す。

1. 翻訳の愉悦
本書を通して、二人とも翻訳の楽しさについて語っている。
1.1. 精読の愉悦
 精読の愉悦に関しては、以前のブログ記事:読書の愉悦を次世代にで述べた。今回は、それとはまた違った「翻訳の愉悦」が述べられているので、ここに取り上げる。
 村上は翻訳を、「もっとも効率の悪い読書」であり、「好きじゃないとできない」物としている(pp.110-111)このことから、二人が翻訳を好きでやっているという事がうかがえる。その理由を以下にまとめる。
1.2. 村上の場合
村上は、「翻訳のことになると、ついつい手が動いて、仕事が進んでしまう。いったいどうしてそんなことが起こるのだろう」と、本書のまえがきで述べている。(p.4)それでも翻訳が好きなのは、「文章というものがすごく好きだから、優れた文章に浸かりたい」という理由からであるという。(p.110) いわば、「いい文章のメカニズムを解明してみたい」という関心があるという事である。(p.58)ただし、本人も「なぜ翻訳が好きなのか」と言う問いに対する確固たる答えは持っていない様子で、いささか答えにくそうではあった。
1.3. 柴田の場合
柴田は、「紹介する喜び」として「翻訳は愛だ」ということを言っている。(p.112) しかし、愛は愛でも、複雑になっているそうである。その部分を以下に引用する。

「翻訳者が真ん中にいて、テキストは右にいて、左に読者がいて、それで要するに、左右両方の女性に愛を振りまいているような(笑)、そういう不純なことをいつもやっているのが翻訳かなという気になってきただから、愛は愛なんですよ。愛が複雑化してきたんです」(p.113)

2. 翻訳の在り方
良い翻訳とは、また、翻訳の際に何に気を付けているか、といった点に関してまとめる。
2.1. 原文の感じを読み取る
村上は、翻訳では、「シンパシーというか、エンパシーというか、そういう共感する心」や「相手の考えるのと同じように考え、相手の感じるのと同じように感じられる」(p.38)という点が大切であり、そのためには「原作者の心の動きを、息をひそめてただじっと追うしかない」(pp.62-63)。したがって、「自分の中に呼応するものがないテキストというのは、疲れます」(p.196)と述べている。この点に関して柴田は、「「うまい翻訳だな」と読者に感じさせること自体が、悪訳の証」(p.109)である可能性を提示している。

この点に関して過去ブログ記事より

2.2. 訳文における日本語
訳文も文章であることには変わりない。そこで、訳文を書く時に注意しなければならない点がいくつかあると言う。以下、三点にまとめる。
2.2.1. リズム
読みやすさに関して、村上はリズムの大切さを述べている。その部分を以下に引用する。

「ビートがない文章って、うまく読めないんです。それともう一つはうねりですね。ビートよりもっと大きいサイクルの、こういう(と手を大きくひらひらさせる)うねり」(p.45)

また、「目で見るリズム」や「目で追ってるリズム」と、「言葉でしゃべっているときのリズムとスピード」は違うという点も指摘している。(p.212)
2.2.2. 訳語選択
 訳語を選ぶ際、村上は「目をクリクリさせた」や「目をむいた」という直訳の表現が目につくという。(p.101) 柴田もこれに関しては、「一単語、一単語対応で再現するひつようはないですよね。」と述べている。(p.103) ここから、訳語の選択は辞書の意味をまる写しするのではなく、その文脈によって換える必要もある、という点がうかがえる。
 しかしその一方、「創作的親切心が成功している翻訳の例を、僕はあまり目にしたことがありません。」と村上は言う。そうした「親切心」が、「翻訳者のただの自己満足」になる可能性の指摘である。(p.108) 訳語の選択は、その場その場で柔軟に行う必要があると言う事である。


3. 翻訳におけるスコポス理論
スコポス理論とは、翻訳はその目的に応じて形を変えるというものである。(ブログ記事:藤濤 文子(2007)『翻訳行為と異文化コミュニケーション』参照) 本書でも、どういう翻訳文を書きたいかに依って、翻訳は形を変えるという点が指摘されている。この点に関して村上は、「細かいところが多少違っていたって、おもしろきゃいいじゃないか」(p.20) と述べている。また、翻訳者としては、「読む人は違和感を感じると思ったら、翻訳者は自分の判断で変えていいんじゃないか」(p.62)という見解も述べている。
 実際に自著の作品の翻訳に関しては、「自分が書いた本なのに「おもしろいじゃない」と他人事みたいに言って、最後まで読んでしまえるというのは、訳として成功している」としている。


4. その他、興味深いことに関して
本書には書かれていたが、まとめでは扱わなかった点に関して興味深いと思った点を挙げる。
○重訳
一度翻訳されたものを、また別の言語に翻訳し直すという作業の事。
○賞味期限
原作が世に出回った後、その熱が冷めないうちに翻訳書も完成させるべきという考え。正確さも大切だが、スピードが必要な場合もある。この点にかんしては、「賞味期限の長いもの」や、“色あせないもの”は無いのか、例えば、文化に関する物の翻訳書は、遅くても特に問題は無い気がするし、逆に遅ければ遅いほど味が出てくるものもあるのではないか。

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