この資料は、以下の三つの文書をまとめた物である。
①村上春樹・柴田元幸(2000)『翻訳夜話』文春新書小
②林敏彦(2000) 『洋画の字幕翻訳の特徴とその類型』人文研究 (2000), 100: 27-82
2000-09-29公表
③James R. Bowers (1996) “AVOIDING THE TRAP AND SETTING IT FOR OTHERS: THE WORK OF INTERPRETATION AND PERFORMANCE IN THE TRANSLATION OF RAKUGO: JAPAN’S POPULAR NARRATIVE ART”
[翻訳夜話]
0. はじめに
本書は、翻訳セミナーにおける二人(村上・柴田)のやり取り、また、そのセミナーの参加者との質疑応答を文字に起こしたものである。セミナーは3回、大学生対象・翻訳家志望者対象・現職翻訳家対象で行われている。
1. 翻訳の在り方
本書中で、村上・柴田が述べる“良い翻訳”の要素についてまとめる。
1.1. 原文の感じを読み取る
村上は、翻訳では、「シンパシーというか、エンパシーというか、そういう共感する心」や「相手の考えるのと同じように考え、相手の感じるのと同じように感じられる」(p.38)という点が大切であり、そのためには「原作者の心の動きを、息をひそめてただじっと追うしかない」(pp.62-63)と述べている。また、柴田はこの点に関して、「「うまい翻訳だな」と読者に感じさせること自体が、悪訳の証」(p.109)である可能性を提示している。
1.2. 訳語選択
訳語を選ぶ際、村上は「目をクリクリさせた」や「目をむいた」という直訳の表現が目につくという。(p.101) 柴田もこれに関しては、「一単語、一単語対応で再現するひつようはないですよね。」と述べている。(p.103) ここから、文脈によって訳を変える必要もある、という点がうかがえる。
しかしその一方、「創作的親切心が成功している翻訳の例を、僕はあまり目にしたことがありません。」と村上は言う。そうした「親切心」が、「翻訳者のただの自己満足」になる可能性の指摘である。(p.108) 訳語の選択は、その場その場で柔軟に行う必要があると言う事である。
2. 翻訳におけるスコポス理論
スコポス理論とは、翻訳はその目的に応じて形を変えるというものである。本書でもこの点が指摘されている。村上は、「細かいところが多少違っていたって、おもしろきゃいいじゃないか」(p.20) と述べている。また、翻訳者としては、「読む人は違和感を感じると思ったら、翻訳者は自分の判断で変えていいんじゃないか」(p.62)という見解も述べている。
実際に自著の作品の翻訳に関しては、「自分が書いた本なのに「おもしろいじゃない」と他人事みたいに言って、最後まで読んでしまえるというのは、訳として成功している」としている。
[洋画・字幕]
0. 本論文の概要と、これをまとめるに当たって
本研究は、洋画を活用した授業展開における、「学習者及び教育者の双方にとって有益な次資料を提供すること」を目的とした物である。実際に35本の洋画を分析し、字幕の本質の分析・特徴別の類型化を試みている。(ABSTRACT要約)
本まとめでは、conclusionにある字幕の役割と、その根拠となる具体例とについてまとめる。したがって本文中における、字幕を18種類(簡略・省略・類似・一般化など)に分類して論じている部分に関しては扱わないこととする。
1. 字幕の特徴・種類(conclusionより)
本論文のconclusionでは、字幕の役割・特徴を7種類に分けてまとめている。以下に示すものは、conclusionをさらに簡潔に書き換え、その根拠となる具体例を付け加えた物である。
①正確さよりも明瞭さ(例示なし)
②字幕スペースの制約による簡略・省略。(例示なし)
③行き過ぎた省略
例) [It's ten after 9:00. Why aren't you in school?] → 「学校 はどうした?」
『「もう9時過ぎているぞ」を入れてもよかったのではないだろうか。字幕スペースの余裕は十分あったはずであり、この省略は行き過ぎではないだろうか。』(p.67)
④雰囲気・細かな感情の表現を損なう簡略・省略
例)[I’ll take it back to Tony with a message.] → 「おれが返してやる」
「説教してやろうという主人の怒りが伝わってこない。(中略)怒りは感じられるものの、やはり物足りない感じは否めない。」(pp.55-56)
⑤混乱を防ぐための、説明台詞の簡略・省略
例)[Mr. Cannelli wants a little souvenior.] → 「その前に舌を切り取ってやる」
Mr. Cannelliは、組織のボスである。本論文の説明文から推測すると、Cannelliの手下がつかまって、殺される(殺されそうになる)シーンである。Cannelliは特に重要な役ではないため、下手に名前を出すと観客が混乱してしまう。 (pp.71-73)
⑥ 情報の明確化・説明台詞としての字幕
例)[Now… Fulfill your destiny and take your father's place at my side.]
→「さあ、父を殺し自分の運命に従うがいい 父の後を継ぎ私の下僕となれ」
「皇帝がルークに父親を殺してダークサイドに入ることを勧めているシーンである。原文にはない「父を殺し」を付加することで「自分の運命」の内容が明らかになり説明台詞の役割を字幕翻訳が果たしている。」(p.70)
⑦ 日本語の助詞を活用した字幕
例)[No matter what happens, we land this aircraft. Is that understood?]
→「何が何でも着陸させるのだ」
『「のだ」という文尾によって命令の絶対性が強調され、下線部の省略の分を補っているようである。』 (p.65)
[落語・翻訳]
0. 本論文とその“まとめ”に関して
0.1. 本論文は、三遊亭円笑による、文七元結(ぶんしちもっとい)の「枕」(落語における“前置き”のようなもの)の部分を分析している。構成は大きく三つに分けられる:①「落語とは何か」の説明(落語のレトリック・落ち・種類)②文七元結に関して(あらすじ・構成・解釈と分析・transcriptと英訳文の提示)③結論。
0.2. ここに取り上げるに当たって
「落語とは何か」や「文七元結に関して」に分類した部分は、あまりに具体的であるためここではほとんど扱わず、中でも重要と思われる点に関していくつか取り上げるだけにとどめる。
1. 落語のレトリック
1.1. 間
ここには、三種類の間:①笑いの要素に気付かせる間、②リズムを取る間、③場面の切り替わりを示す間、が示されている。(p.35)
1.2. 登場人物の細かな描写
落語では、登場人物が様々な方法で描写される。例えば、①声を変える、②表情を変えるなどによる、個人の特定・感情の表現が挙げられる。またこの描写によって、「いちいち誰が話しているか提示せずに済む」というのが挙げられている。(p.35)
2. 分かりづらい日本語の文化
枕で紹介される、三道楽煩悩(さんどらぼんのう)「飲む・打つ・買う」というメタファー、特に、“買う・打つ”が示すことは、英語圏に住む人にとっては分かりづらいようである。(pp.44-45)
3. 結論
日本の言語・文化を理解することで、落語の本質が見えてくる。翻訳においても、落語の本質・味といったものの訳出は、こうした理解に基づかなくては出来ないだろう。(p.46)
研究への展望
以上にまとめた文書の、本まとめにおける位置づけは以下のとおりである。
①翻訳夜話…翻訳の在り方、目的(スコポス)の在り方といった「一般的な翻訳」という視点
②洋画・字幕…映像翻訳という立場から、字幕の在り方に関する視点。
③落語…落語の翻訳に必要な要素とは。
このことから、「落語における(映像)翻訳」についての研究が出来ればいいな、と考えている。また、桂枝雀などの「英語落語」に関しても興味があるので、文献を探したいと思う。
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