最近のJ-popはダサい。最近の小説やアニメ・漫画はなんか寒い。なぜだ。
もちろん、曲にしても、小説やアニメにしても、最近のものがすべて悪いのではない。が、がっつり流行っているものの中に、「これ、ほんとにはやってんの?なんで?ニンジャナンデ?」というものが増えたという気がしてならない。私はこのことについて考えた結果、ある一つの答えらしきものにたどりついた。
「最近のものは、なんでもかんでも最後まで説明しきってしまっている。」
私がこの違和感に襲われたのは、「ギエピー」で有名な某ポケモンの漫画である。その漫画には、ピカチュウが登場しており、昔そのセリフはすべて「ピカチュー」で構成されていた。例を挙げるとこんな感じである。
A「おいピカチュウ、焼きそばパンかって来いよ」
ピ「ピー・・・ピカー・・・」
A「(ぎろり)」
ピ「ピ、ピカッ!」
それが、ある時から次のようになっていた。
A「おいピカチュウ、焼きそばパンかって来いよ」
ピ「ピー・・・ピカー・・・(え~、やだなー・・・)」
A「(ぎろり)」
ピ「ピ、ピカッ!(は、はいっ!わかりました!)」
読者のレベルがここまで下がったのか。最近の小学生はこれだから。。。と思っていたが、それからだんだん、「そこまで言う?」というものをよく見かけるようになった。漫画で言うと、
ヒロイン「バカ!」(走り去る)
主人公「?」
モブ「(ヒロインは主人公のこと好きだったのにな)」
みたいな。そこは読者を信じて想像させてよ。なんで全部説明したがるの。懐古厨みたいだけど、例えば
「苦しくっても悲しくってもコート中なら平気!バレーしてると、心がぴょんぴょんするの!…でも、涙が出ちゃう。だって、女の子だもん。」
みたいな歌詞ありましたよね。これ、現代でやると、たぶんこうなります。
「練習が苦しくっても、うまくいかなくて悲しくっても、コートの中にいると、そんな日々のことは忘れるくらいバレーに熱中できてしまう。憧れのあの人、全然私に振り向いてくれないから、ボールにあいつの顔を思い浮かべて、打ち付けてやるの。でも、練習だってつらい。こんなにつらい思いを忘れるために練習をしてるのに、その練習もつらいなんて、私はどこに逃げ道を見出したらいいの?そんなことを考えていると、涙が出ちゃうの。だって、コートの上では強がっているけど、私だって女の子。恋に悩んだりもするのよ。でも、頑張らなきゃ。。。わかってるのに。。。どうして涙は出ちゃうの?」
はい、なんかJ-popの歌詞ができました。
英語は、どっちかっていうと後者のJ-popみたいに、説明が大好きです。でも、日本語もそっちに合わせる必要ある?日本語は、一を聞いて十を知るが美徳なんじゃないの?がんばれ日本人!
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